自民党改憲案を斬る

浜林正夫  2012.2.28付

 自民党の憲法改正推進本部(本部長・保利耕輔元政調会長)が改憲案を作成していることが明らかになりました(228日付け朝日新聞)。 428日に正式に発表する予定といわれています。 

 自民党は2005年に「新憲法草案」を決定し、その後も改憲の動きを続けてきましたが、まとまった形で提起されるのは7年ぶりです。 

 朝日新聞の報道によると改憲案のポイントは10項目あるとされています。逐条的に見ていきましょう。 

 

1)天皇を元首と位置づける。 

 現在の憲法には「元首」という規定はありません。岩波国語辞典を引いてみると「元首」というのは「国家の首長。 国際法上、外国に対して国を代表する者。君主国では国王、共和国では大統領」と書いてあります。日本は君主国ですから元首は当然天皇と考えられます。 現憲法の「天皇の国事行為」のなかには外交文書の認証、外国の大使や公使の接受という項目がありますから、外国に対して国を代表しているのは天皇といってよいでしょう。しかし、いまあらためて天皇元首化を持ち出されると何か狙いがあるのではないかと疑いたくなります。

  現憲法では天皇は象徴であり、「国政に関する権能を有しない」とされていますが、天皇元首化によって、この規定が変えられるのではないかという疑いが晴れないのです。少なくとも天皇を持ち上げる様々な機会がつくられ、天皇崇拝の感情が作り出されることは確かでしょう。  

2)国旗、国歌は国の「表象」。国民に尊重義務を課す。 

 現在でも学校では卒業式などに起立して国歌を歌うことを強制し、これに従わない教員が処罰されることがしばしばあります。この強制を学校以外のあらゆる行事などに広げようというのです。 

 これが義務化されると従わない人は処罰されることになります。 大相撲千秋楽では君が代が演奏され、観客はほとんど全員起立し唱和しているようですが、これが義務化されると、みんな起立し歌っているかどうかを誰かが監視することになりかねません。まあそんな堅苦しいことを言わず、言われたらちょっと起立して歌ったらいいじゃないかという人もいるでしょう。しかし義務化されるとかえって反発する人もいるでしょう。国旗国歌を尊重するかどうかは思想信条の問題であって強制すべきものではありません。強制しなくても自然の感情として愛国心を持ち、心をこめて国歌を歌えるような、そういう国を作っていくことの方が大事です。  

3)自衛隊を「自衛軍」とし「自衛権」を明記。 

  武力によって国を守ろうという発想自体が時代遅れです。いまどき、どこかの国が敵前上陸して武力で日本を征服しようとするなどという事態が起こると考えられますか?日本を征服してどうするのですか?全国民を捕虜にして強制労働させてみても何の利益があるのですか? いまはEUをモデルとして地域ごとに国家連合を作り、みんなで豊かになっていこうとする時代です。 

  それでも内部対立は起こるでしょう、そうしたら根気よく話し合いを続けていく時代になったのです。 武力はゲリラか、テロに使われるだけです。 

  かつてアメリカは世界の中心となり、NATOをはじめ東南アジア集団防衛条約機構(SEATO)など、世界各地域に軍事条約の網を張り巡らしました。しかしこれは現在ほとんどすべて解体され、唯一残っているNATOもほとんど有名無実となりました。 そしてその代わりにEU,アフリカ連合、東南アジア諸国連合(ASEAN)、中南米カリブ諸国連合などの地域連合が作られ、アメリカはそのどこにも入れてもらえず孤立しているのです。

 そういう情勢の中で日本と韓国だけがアメリカと軍事同盟を続けています。日本の自衛隊を自衛軍にするよりも、日米安保条約を無くすことのほうが大切ではないでしょうか。  

4)公益や公の秩序を害する結社は認めない。 

 これは治安維持法の現代版です。いまどき結社の自由を認めない憲法を作れば世界中から笑いものにされるでしょう。公益とは何か、公とは何か、それを政府が決めること自体、思想の自由の侵害です。オウム真理教のような暴力を使ったり、他人の人権を侵すような結社は現行法でも解散させることができます。憲法にそういうことを書き込む必要はまったくありません。 

(5)公務員の労働基本権の制限を明記。 

 これも世界の笑いものです。国際人権規約(社会権)では結社の自由を制限してよいとされているのは警察と軍隊だけです。フランスでは警察官も労働組合をつくっています。ドイツでは裁判官も労働組合をつくっています。 

 日本では公務員は勤務時間以外もビラまきを禁止されたり、選挙活動を禁止されたりしていますが、公務員も公務以外の時間には普通の市民としてさまざまな活動をする権利があるはずです。 

 この問題についてはむしろ現在の公務員法による労動基本権の制限を撤廃すべきです。 

(6)衆参の選挙区定数は、行政区画、地勢、交通などを総合的に判断して定める。 

 これは何のことかちょっと分かりにくいかもしれませんが、じつはいま問題になっている1票の重さの格差の問題なのです。つまり1票の格差があっても人口比で機械的にそれを改めようとするのではなく、総合的に判断せよといっているので、もう少しはっきり言えば格差是正をするなということなのです。

 1票の格差が問題になっているのは、それが憲法前文にいう「正当に選挙された国会」という規程に反するからです。したがってこの改憲提案は「正当に選挙された」という文章を削除せよという主張に他なりません。そうなると、どんな方法でも選挙さえやればよいということになります。ほんとうにそれでよいのでしょうか。 

(7)財政の健全性確保を法律で義務づける。 

  財政の健全性確保は確かに重要ですが、それは法律で義務づけられるものでしょうか。たとえば大災害が起こって復旧が大変だというときに収入の範囲内でやれといわれたら、政府は立ち往生するでしょう。1千兆円に達しようとしているいまの日本の国債は1989年の日米構造協議に基づいてアメリカから400兆円の公共事業をやれといわれて国債を乱発したのが始まりですが、そういうときに毅然として日本の立場を説明できる政府であれば、「財政の健全性確保を法律で義務づける」などといわなくても済むのです。 

 こういう義務付けをしたら困るのは政府だとだけ言っておきましょう。 

(8)外国人参政権を認めず「国籍条項」を設ける。 

 現在も明文の規定はありませんが、選挙権は日本人に限られています。 国政に関する限り、外国人にも選挙権を認めよという要求もありません。ただ自治体の選挙には在日二世で日本国籍を持っていない人々から選挙権を認めよという運動があります。これを抑えよというのが今項目の狙いなのでしょうか。 

(9)「緊急事態条項」を新設。 

  2005年の自民党改憲案にも、自衛軍をおくとした上で、通常任務以外に「緊急事態における公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動をおこなうことができる」という規定がありました。またいま、しきりに改憲を唱えている人たちが要求しているのは、次項の改憲発議要件の緩和とこの緊急事態条項です。 

 東日本大震災に当たって自衛隊が救助に大活躍し、被災者から大変感謝されているのは事実です。 

  緊急事態条項があればこういうときの対処がうまくいくといいたいのでしょうが、それがなくても見事に援助活動をしたのですから、災害出動には緊急事態条項は不必要です。そうだとすれば緊急事態条項が必要なのはやはり外国に攻められたときか、大規模なテロが起こったときでしょう。しかしこういう事態は、先に述べましたように、とうてい考えられません。テロも緊急事態というほど大規模なものはありえないでしょう。緊急事態条項がほしいのは、じつは首相がそのときには全権を握り、独裁を行うことができるからなのです。昔風にいえば戒厳令です。そういうことにならないように全力を尽くすのが政府の役目ではないでしょうか。 

10)憲法改正の発議要件を衆参両院の過半数に緩和。 

 現在はご承知のように発議要件は衆参両院の3分の2となっています。これを過半数に改め憲法を変えやすくしようということです。 

 この項目についてはこれ以上説明する必要はないでしょう。